『暴走酒』
テン・テン・ツク・テン・テケ・テン・テン・テケ・ツク・テン・シャン・テン・の・テケ・テン・トン・・・ へィ、ようこそのお運びで、ありがとうございます。 え〜、お花見シーズンでございます・・。 こうなりますと、お酒ってぇものが恋しくなりますが、 酒ってものは暑いにつけ寒いにつけ恋しくなるものでございます。落語に登場します人物の中にも 酒で失敗する人物が沢山おります。 「下戸の薬知らず、上戸の毒知らず」とかもうしまして、 ほどよい酒は「百薬の長」といわれましても、下戸(げこ)の人は飲めない。 飲み過ぎると毒と分っていても、上戸(じょうご)の人は途中で止められない。 なかなかうまくいかないものでございます。 この上戸といいますのも世間にはいろいろありまして、 笑い上戸に泣き上戸なんてのから、 口論上戸に自慢上戸、絡(から)み上戸に説法上戸、露出上戸に助平上戸、徘徊上戸に酒乱上戸、まあ、こんな上戸どもは願い下げでございます。 え〜、何ごとも、事の起こりは女とか酒ですとか、なンか自分の好きなことから モノの間違いが起こるものだそうでして・・・。
弥次 「たまにゃァ、こうやって1泊でバス旅行てのもいいもんだなァ」
喜多 「向こうに着いたら、露天風呂が待ってるヨ・・」
弥次 「風呂にお盆を浮かべて、お銚子と盃を置いて冷やでキューとやりてェナ」
喜多 「おう、ぼちぼち出発するみてェだナ」
弥次 「運転手が乗り込んできたぜ。ヤケに顔の赤ェ奴だナ・・?」
喜多 「足下がフラついてるねぇ・・」
弥次 「酒でも入ってるんじゃァねェか」
喜多 「まさか、運転手が酒飲むわけねェだろう」
添乗員 「皆さま、お早うございます。ようこそ『飲み放題』のツアーへお越し下さいました」
喜多 「待ってやした。飲み放題・・だってヨ?」
添乗員 「ハイ、出発から戻って来るまでの間、お客さまにはどこでも、飲み放題のサービスをいたしますツアーでございます。旅行が終わるころには、お客さま全員が泥酔状態でございます。」
喜多 「呑んべえにァ、こてェられねェツアーだな。おめェはでェじょうぶかィ?」
弥次 「アタボウよ。こちとら江戸っ子でェ。酒でしくじったこたァねぇんだ。旅行が終わったころ、おいらが泥酔してるかどうか賭けてやろうじゃねェか」
喜多 「おもしれェ。・・なんか動き出したヨ?」
添乗員 「バスですから動きます」
弥次 「右に寄ったり左に寄ったり、おっと、・・電信柱にぶつかりそうだナ・・」
添乗員 「このバスの癖でございます」
運転手 「あぁ、なんちゅうか、ええ気分になってきたヨ・・ウィッ・・。迎え酒ってのもいいねェ。とくに朝の冷や酒ってのは、すーっと喉元を通り過ぎて身も心もサッパリするねェ。ブルルルル・・・」
喜多 「信号は全部無視してるようだナ・・」
添乗員 「このドライバーさんの癖でして・・、気に為さらずにパーッといきましょう」
弥次 「おう・・、おれたちもなんか飲もうじゃねぇか」
喜多 「まだ朝だからナ・・、あんまりカーッと強くねェのがいいな。・・・日本酒はあるかい?」 添乗員 「ハイ、こちらにいろいろなお酒が用意してござ・・あっ、なな無いっ!!」
弥次 「ねェっだって・・」
喜多 「泥酔ツアー・・、しっかりしろヨ」
添乗員 「このボックスの中に用意して置いたんですが・・・」
弥次 「どっかに酒屋があるだろう・・」
添乗員 「この次のサービスエリアで買い求めますので・・・」
運転手 「酒がねぇだって・・ウィッ・・。ゆんべからアッシがあらかた呑んじまったからねぇ・・。カラになっちゃったの?ブルルルル・・・こまったねぇ・・。酒飲みってのは、意地が汚ねェからヤダネったらヤダねぇ・・。昔から云うだろ・・、一杯めは人が酒を呑む、二杯めは酒が酒を 呑む、三杯めは酒が人を呑むってね。ここまでいくとわけ分らなくなりますからねぇ・・、気を付けましょうね・・ウィッ。まぁ、アッシはそんなだらしねぇ野郎とはわけが違う・・」
喜多 「猛スピードで走ってるぜ。新幹線並みだナ」
添乗員 「このドライバーさんの癖でして・・、気に為さらずにパーッといきましょう」
弥次 「パーッとって云われてもね、・・こちとらお茶だけなんだまぁ、いいってことよ。 江戸っ子は、お茶でもパーッといけるんでェ」
喜多 「サービスエリアは2つ3つ、パーッと通り過ぎちゃったナ・・」
運転手 「隣の車線を走ってるトラック野郎・・ウィッ・・。あいつも呑んでやがらァ・・。ブルルルル・・・安い焼酎かなんか呑んでやがるねぇ・・。稼ぎが少ねェのかねぇ・・。もうちょい、上等な酒飲まねぇと、身体によくねぇよ。アッシも給料安いけどねぇ・・、ウィッ。酒だけはいいのを飲んでるよ・・。まあ、会社の酒だけどね、今日みてェな天気のいい日なんざァ、冷やに限るねぇ。 酒屋の店内のカウンターなんかでね、スルメかなんかを肴に冷やの桝(マス)酒をキューッとやるのも手軽でいいもんだ」
弥次 「運転手は冷や酒がいいって云ってるぜ」
添乗員 「いいえ、冷や酒はいけません・・。昔、貝原益軒というえらい学者が、『養生訓』という書物の中に、『夏冬ともに温酒を飲むべし』と書いてございます。ドライバーさん。あっ、サービスエリアですよ!!」
喜多 「サービスエリアだってヨ・・」
運転手 「なんだって??・・ウィッ・・。急に云うなっての・・。ブルルルル・・・どこにそんなものがあるってんだ?? えぇ・・??」
添乗員 「ほらっ!! はるか後ろに・・・あ〜遠ざかったァ・・」
運転手 「はるか後ろだって??・・ウィッ・・。何で前にねぇんだっての・・?? ブルルルル・・・まったく気が利かねぇサービスエリアだナ・・。よォしッ、はるか後ろに戻ってやろうじゃねぇか、べらぼーめ」
弥次 「おい、バスがバックで走り出したぜ」
添乗員 「ドライバーさん!! 高速道路をバックで走るのは止めてください!!!」
運転手 「べらぼーめ! バスってのは後ろにも走れるんだ・・。知らねぇナ・・・ブルルルル・・・まったく無知ほど恐ろしいものはねぇナ・・」
喜多 「後ろから来る車がみんな避けて行くぜ・・」
添乗員 「ドライバーさん!! カーブがカーブが!!! その下は崖です!!!」
運転手 「べらぼーめ! カーブなんてなァ、どんな道にもあるんでぇ・・。べつに珍しかァねぇナ・・・ブルルルル・・・まったく無知ほど哀れなものはねぇナ・・ウィッ」
ガシャーン
弥次 「こんちくしょう!!! とうとうやりやがった・・」
喜多 「わーっ!!! 落ちるおちる・・」
ドガーン
弥次 「うーむ・・。ここはどこでェ・・?」
喜多 「どうなっちゃってンだァ・・?」
弥次 「あーっ!! バスが谷底に横になってらァ・・」
喜多 「バスの周りに大勢散らばって倒れているぜ!!」
弥次 「あすこに転がってるなァ、おめェじゃねえか・・?」
喜多 「その横に転がってるのは、おめェだろ・・?」
弥次 「あすこに転がってるのが・・おめェだとすりゃあ、ここに居るおめェは誰なんでェ・・?」
喜多 「おれは正真正銘おれだ。・・そういうおめぇは、いってェ誰でェ・・?」
添乗員 「まあまあ、みなさま落ち着いてくださァーイ!! どうやら「飲み放題ツアー」参加者全員が 死亡したようでございます!!!」
弥次 「ぇぇっ・・!? おれたちはオッ死んじゃったの・・?」
喜多 「そりゃ、あんまりだァ・・」
弥次 「まだ娑婆にャ、やり残したことが大有りだぜ」
喜多 「そうだ、このツアーが始まってから一滴も酒を飲んでねェ・・」
添乗員 「まあまあ、みなさまご安心くださァーイ!! わが信頼の置けます「飲み放題ツアー」は、 幽界でも続行いたします。このまま幽界バスに乗り換えて、フェリーで三途の川を渡り、閻魔庁までご案内いたしまァす」
弥次 「閻魔庁だってヨ・・」
喜多 「えらいことになっちゃったよなァ・・」
弥次 「温泉旅館はどした?温泉旅館には行かねぇのかィ・・?」
添乗員 「はい、そこへ行くには、また崖があります・・」
お後がよろしいようで・・・
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